2026.7.21(ビアパーティ)
- miyauchi-insatsu
- 7月28日
- 読了時間: 6分
会長あいさつ
皆様こんばんは。今年度初めての夜の例会「ビアパーティー」にご出席くださいまして誠にありがとうございます。
今宵は美味しい生ビールとハレ晴れさんのお料理で楽しんでゆけたらと考えております。
さて、皆さんビールは何の銘柄を好まれているでしょうか?
尿酸値の関係で最初から焼酎の方や最初から日本酒の方もいらっしゃるとは思いますが、多くの方は、とりあえずビールから数杯飲まれてハイーボールや焼酎・日本酒・ワインと杯を進められるのではないでしょうか。
日曜日、唐揚げ特集でTVに出られていた丸森委員長は通称「赤星」と呼ばれているサッポロラガービールがお好きと放送されていました。
私は、サッポロの「黒ラベル」が好きです。20・30代はアサヒ「スーパードライ」ばかり飲んでいましたが年齢なのか途中で好みが変わりました。
さて、私が二十歳の頃登場したアサヒ「スーパードライ」は爆発的な人気で発売当初は品切れ・入荷待ち状態で田舎ではなかなか買う事が出来なかったことを覚えています。
「スーパードライ」の生みの親である当時の社長 樋口廣太郎氏はもともと住友銀行の副頭取だったそうです。磯田頭取との経営方針をめぐる対立や人事抗争で頭取の座をあきらめ1986年関連会社のアサヒビール社長に転出したそうです。
今とは違い1980年代のアサヒビールは業績が低迷して「夕日ビール」と揶揄されるなど経営が厳しい状況だったそうです。
徹底したマーケティングで顧客の嗜好の変化を感じ「コク」と「キレ」が受けるはずだと考えて「こんな辛口のビールは売れない」という社内の反対意見を「前例がない、だからやる」という有名な言葉と共に抑え、わずか1年で誕生させたのがスーパードライだったそうです。そして発売と同時に社会現象ともいえる大ヒットとなり、アサヒビールは見事に復活を遂げます。
普通であれば「優れた経営判断が会社を救った」で話は終わるのですが、社長に就任してから樋口氏はとにかく社員や退職した社員、同業者に至るまで話を聞きにまわったそうです。OBなどから現状に対して怒りの言葉などもあったそうです。
そんなある時、飛行機の中で偶然同席したキリンビールの小西会長から「これから高野山にある先輩たちの供養塔にお参りに行く」と聞き、「供養塔を建ててからはいい方向に向かっている」という話に樋口氏は深く感銘を受けたそうです。
会社というものは、今いる私たちだけのものではない。
創業者がいて、苦しい時代を支えてくれた先輩社員がいて、販売店があり、お客様がいて、地域社会があって、その積み重ねの上に今の会社がある。
「多くの人のおかげで今日がある」ことに改めて気づいた樋口氏は、1988年、アサヒビール発祥の地である吹田工場に「先人の碑」を建立したそうです。
そこには、会社の発展に尽くされた先輩方への感謝、亡くなられた社員への慰霊、特約店や飲食店・原料供給会社など会社を支えてくださったすべての方への報恩の心が込められているそうです。
「スーパードライの誕生」と「先人の碑」は改革や革新と同時に感謝の心なくして発展なしという物事の理合いを感じます。
南陽東ロータリークラブも、多くの先輩方が時間と労力を惜しまず活動してくださったからこそ、今日があります。
私たちは今、その歴史の上に立っています。
奉仕を通じて社会に貢献することで自分自身の魂をも高める事が出来るとするならば、奉仕は自分を誇示することでなく受けた恩に感謝し、その恩を次の世代へ送り返していくことなのかもしれません。樋口氏が会社を変えることができたのは、「改革」と「感謝」が両輪だったからだとすればまさに「報恩感謝」の実践であり、未来へ挑戦する勇気と、過去への感謝の二つを同時に持つ私達でありたいものです。
ご清聴ありがとうございました。
ビアパーティー 会長あいさつ
皆様、改めましてこんばんは。
先ほどお話させて頂いたアサヒスーパードライが日本中に空前の辛口ブームを起こした時、それまで圧倒的にトップだったキリンビールは、大きな危機感を抱き「時代は辛口だ」と考え、長年愛されてきたキリンラガービールの熱処理をやめ生化して苦味を抑え、飲みやすくしたそうです。ところが、その結果は逆でスーパードライを飲みたい人はアサヒを選び「あの苦味が好きだった」という長年のキリンファンまで離れてしまったそうです。
ここで問題なのは、変えること自体ではなく「何を変え、何を守るべきか」を見失ってしまったことではないでしょうか。
そんな中で1990年、後にキリンビール副社長となる田村淳氏が本社の花形部門から営業成績最下位の高知支店長に左遷されたそうです、その取り組みは「キリンビール高知支店の奇跡」という本でご存じの方もいらっしゃるのではないでしょうか。高知支店に配属された田村氏は社内会議よりも外回りを重視します。
高知は、お酒に対するこだわりが強い土地柄から飲食店で飲む事が多く、飲食店でキリンを飲んでもらえれば自宅でもキリンを選んでいただけるはずだと、徹底して外回りを重視し酒販問屋や飲食店周りをしたそうです。
しかし、結果は出なかったそうです。ここで田村氏が問題にしたことは結果が出なかったことではなくて、何件回るという目標を達成しなかった事だったそうで、やると決めたことは必ず守るという事を徹底した結果、徐々に社員がお客様一人ひとりと向き合い、飲食店との信頼関係を築き、地域に根差した営業を徹底していったそうです。味ではなくて、人とのつながりを大切にした地道な積み重ねが実を結び、「キリンビール高知支社の奇跡」と呼ばれる成果につながったと言われています。
ロータリーも時代とともに変わっていかなければなりません。
会員構成も変わります、会員の価値観も変わります。
しかし、変えてはならないものがあるとすれば、それは「奉仕の心」ではないでしょうか。
友情を育み、職業を通じて社会に貢献し、人のために行動するというロータリーの精神は、時代が変わっても決して変わらないものです。
一方で若い世代が参加しやすいクラブづくりなど時代に合わせてクラブを発展させなくてはなりません。
この間SNSで「年寄りを敬い、若者を侮るな。」という言葉と出会いその通りだと思いました。
年長者には、経験という財産があります。
失敗も成功も知っているからこその知恵があります。
若者からは時代を学ぶことが出来ます。
「先人を敬い、若者から学ぶ」変えてはならないものを守り、変えるべきものは勇気を持って変える。
その積み重ねが、ロータリークラブを次の世代へつないでいく力になるのではないでしょうか。
今日はぜひ、美味しいビールを飲みながら、世代を超えて語り合い、新しい気づきと友情が生まれる時間にしていただければ幸いです。
本日も最後まで、どうぞよろしくお願いいたします

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