2026.10.6
会長あいさつ
本日は、移動例会で東正寺さまにお邪魔しております。
年に一回の座禅体験と講話を楽しみにしていらっしゃる方も多いのではないでしょうか。
私も同じく楽しみにしておりました。
この建物に入り庭を見せていただきますと空気が違うように感じます。パワースポットというのはこういう事なのかとも思いますが、この建物を含めた景観を守り維持管理するには相当なご苦労もあるのだと推察致します。
移動例会を受け入れていただきました本間さんには敬意をもって心より感謝申し上げます。
去年、座禅のあと私はお願いして棒でバシッとたたいて頂いたのですが、たぶんたたき方にも技術があるのだと思いますがシャキッというかスッとしたように感じました。もし体験なさりたい方がいらっしゃいましたら本間さんにお願いして、叩いていただいてはいかがでしょうか。
さて、ある会話の中で「押し活」に走る若者について様々な考察がありました。
皆さんの周りには、何か「押し活」とかされている方はいらっしゃいますでしょうか。
アイドルや歌手だったり、俳優やタレントや芸人、アニメや漫画やゲームまた、そのキャラクターだったりスポーツや選手、動物や鉄道や温泉、寺社仏閣、歴史や人物、映画やユーチューバーなどの配信者や様々な作品などありとあらゆるものがあるのだそうです。
一昨日、家内も友達と仙台にライブを見に行ってきてすごく楽しんで元気をもらってきたようですが、ライブに行くには、まずチケットを買うにも抽選に当たらないと買えない、ファンクラブに入って会費を払っていても当たるかわからなそうです。
夕方からのライブに朝8時に出発していきましたが、ライブの前の物販があってそこにも物販の抽選に当たった人しか物販ブースに行けなくて10時の部とか11時の部とかあって遅い時間が当たると人気のものが買えないのだそうです。いい商売だなとも思いました。
日本で推しが流行る理由に、「日本人が無宗教になり心の空白を埋めるために推しが流行した」とまで言い切れるどうかはわかりませんが、日本人には冠婚葬祭などにみられるように宗教的な感覚そのものがなくなったわけではないけれども、宗教の違いで戦争が起きるような、特定の宗教への信仰はないようす。
さて、宗教が歴史的に人間に与えてきたものの一つが「なぜ生きるのか」という意味だとすれば、推し活で「応援したい」「崇拝したい」「お金をかけたい」また推しがいる事で「次のライブまで頑張ろう」「推しに恥ずかしくない自分になろう」「推しが頑張っているから私も頑張ろう」「推しに出会えて人生が変わった」など、自分の外側に自分を前向きに動かしてくれる存在を置く事などに、宗教との機能的な共通性が見えるようです。
そこからは「人間が求めるものは、それほど変わっていなくて、それを満たす器が変化しているのではないか」と思われます。
1905年のポール・ハリスが求めたものの一つも、巨大都市シカゴの中で人と人とのつながり・友情だったそうです。
宗教・ロータリー・会社・地域社会・そして現代の「推し活」形は全く違いますが、その奥には「何かを信じたい」「誰かとつながりたい」「自分の人生に意味を感じたい」「自分以外の何かのために行動したい」
という共通する人間の欲求があるのではないでしょうか。
ロータリーも「職業倫理を高め追求する事」「職業を通して奉仕する事」「仲間との友情を深める事」「互いに相手から学びを得る事」「奉仕により自分も満足感が得られた」など共通する機能があるように感じます。
これからも私達は自分自身を見つめてゆくわけですが、そのためにも今日は本間さんの指導のもと心を整えてゆきたいものです。
ご清聴ありがとうございました。

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